機長昇格に向かうにあたって、まず最初に押さえたほうがいいのは機長の定義です。
まず第一歩として、「機長とはなんですか?」との問いに自分なりの言葉で答える必要があります。
その先には、「あなたにとって理想とする機長とはなんですか?」という問いがあります。
今回は機長昇格を目指す第一歩を踏み出そうとしている方、または自身が要点を押さえているかを確認しているかを確認したい方向けに、現役機長の空おじが機長の定義について要点を解説します。
機長の定義とは?
機長の定義は、単に「運航の責任者」という訳ではなく具体的な定義があります。
そしてそれは、明確に定められており、国際的な決まりであるICAOの規定から順を追って理解していかなくてはなりません。
ICAO annex
機長の定義ですが、ICAOに基づく私なりの解釈としては、「様々に与えられた権限を基に、安全及び運航の判断に対して責任を追い、かつ最終判断を行う操縦士。 また、それを達成する為に最善の努力と研究が求められる操縦士。」
となります。
この定義は、以下に挙げるICAOの文章をもとに自分の言葉で紐解いてまとめてみてください。
The pilot designed by the operator, or in the case of general aviation, the owner, as being in command and charged with safe conduct of flight.
[ICAO, Annex 2]
直訳すると、「航空機の運航者に指名された、運航の安全に責任を持つ操縦士」となります。
この文章においては機長という立場を定義しています。
また以下の文章において、責任が2つ定義されています。
The pilot-in-command shall be responsible for the safety of all crew members, passengers and cargo on board when the doors are closed.
The pilot-in-command shall also be responsible for the operation and safety of the aeroplane from the moment the aeroplane is ready to move for the purpose of taking off until the moment it finally comes to rest at the end of the flight and the engine(s) used as primary propulsion units are shut down.
[ICAO annex6]
直訳すると、「機⻑は搭乗口を全て閉めた後の全てのクルー、旅客、貨物の安全に責任がある。また離陸のための移動開始から発動機を停止するまで飛行機の安全と運航に責任がある。」となります。
The pilot-in-command of an aircraft shall have final authority as to the disposition of the aircraft while in command.
[ICAO, Annex 2]
「機⻑は航空機の最終決定に責任を持つ。」と更に責任に対して定義をしています。
またこれらの責任を果たすために、以下の求められること2つを定義しています。
Before beginning a flight, the pilot-in-command of an aircraft shall become familiar with all available information appropriate to the intended operation. Pre-flight action for flights away from the vicinity of aerodrome, and for all IFR flights, shall include a careful study of available current reports and forecasts, taking into consideration fuel requirements and an alternative course of action if the flight cannot be completed as planned.
[ICAO, Annex 2]
「機⻑は飛行前に運航に必要なすべての情報に熟知していなくてはならない。IFR 又は飛行のために必要な、情報や天気予報、計画の変更のための燃料など、全てが研究されている必要がある。」ということです。
The pilot in command of an aircraft shall, whether manipulating the controls or not, be responsible for the operation of the aircraft in accordance with the rules of the air, except that the pilot-in-command may depart from these rules in circumstances that render such departure absolutely necessary in the interests of safety.
[ICAO, Annex 2]
「機⻑は操縦している以内に関わらず、航空規則にのっとって運航をする責任を持つ。但し安全のために必要な場合は逸脱することも厭わない。」ということですね。
実際には「Pilot in command」に触れているAnnexの文章は他にもありますが、定義を理解するにあたってまずここまでをおさえるのがいいかと思います。
航空法
航空法においては、機長においては明確な定義をしていません。
しかし、自家用操縦士や事業用操縦士と異なり、航空法において「機長は〜」という文面に着目すると、副操縦士の時と比較して新たな責任と権限があることがわかります。
つまり、機長は航空法の新たな権限を駆使して、航空法及びICAOで定める責任を履行することが求められます。
定義は具体的に記載がなくても、権限と義務を記載することにより間接的に定義しています。
第七十三条
機長(機長に事故があるときは、機長に代わつてその職務を行なうべきものとされている者。以下同じ。)は、当該航空機に乗り組んでその職務を行う者を指揮監督する。第七十三条の四
機長は、航空機内にある者が、離陸のため当該航空機のすべての乗降口が閉ざされた時から着陸の後降機のためこれらの乗降口のうちいずれかが開かれる時までに、安全阻害行為等をし、又はしようとしていると信ずるに足りる相当な理由があるときは、当該航空機の安全の保持、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産の保護又は当該航空機内の秩序若しくは規律の維持のために必要な限度で、その者に対し拘束その他安全阻害行為等を抑止するための措置(第五項の規定による命令を除く。)をとり、又はその者を降機させることができる。第七十三条の四
5 機長は、航空機内にある者が、安全阻害行為等のうち、乗降口又は非常口の扉の開閉装置を正当な理由なく操作する行為、便所において喫煙する行為、航空機に乗り組んでその職務を行う者の職務の執行を妨げる行為その他の行為であつて、当該航空機の安全の保持、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産の保護又は当該航空機内の秩序若しくは規律の維持のために特に禁止すべき行為として国土交通省令で定めるものをしたときは、その者に対し、国土交通省令で定めるところにより、当該行為を反復し、又は継続してはならない旨の命令をすることができる。第七十四条
機長は、航空機又は旅客の危難が生じた場合又は危難が生ずるおそれがあると認める場合は、航空機内にある旅客に対し、避難の方法その他安全のため必要な事項(機長が前条第一項の措置をとることに対する必要な援助を除く。)について命令をすることができる。出典:e-Govポータル
ここまでが「権限」になります。
自家用操縦士や事業用操縦士の時には有していなかった権限ですね。
権限を括ると、73条を「指揮監督権」、73条の4関連を「拘束権」、74条を「命令権」となります。
この権利についてはしっかりと深掘りする必要があるため、別記事で詳しく解説します。
次に義務を見ていきます。
第七十三条の二
機長は、国土交通省令で定めるところにより、航空機が航行に支障がないことその他運航に必要な準備が整つていることを確認した後でなければ、航空機を出発させてはならない。第七十三条の四
2 機長は、前項の規定に基づき拘束している場合において、航空機を着陸させたときは、拘束されている者が拘束されたまま引き続き搭とう乗することに同意する場合及びその者を降機させないことについてやむを得ない事由がある場合を除き、その者を引き続き拘束したまま当該航空機を離陸させてはならない。第七十三条の四
4 機長は、航空機を着陸させる場合において、第一項の規定に基づき拘束している者があるとき、又は同項の規定に基づき降機させようとする者があるときは、できる限り着陸前に、拘束又は降機の理由を示してその旨を着陸地の最寄りの航空交通管制機関に連絡しなければならない。第七十五条
機長は、航空機の航行中、その航空機に急迫した危難が生じた場合には、旅客の救助及び地上又は水上の人又は物件に対する危難の防止に必要な手段を尽くさなければならない。第七十六条
機長は、次に掲げる事故が発生した場合には、国土交通省令で定めるところにより国土交通大臣にその旨を報告しなければならない。ただし、機長が報告することができないときは、当該航空機の使用者が報告しなければならない。
一 航空機の墜落、衝突又は火災
二 航空機による人の死傷又は物件の損壊
三 航空機内にある者の死亡(国土交通省令で定めるものを除く。)又は行方不明
四 他の航空機との接触
五 その他国土交通省令で定める航空機に関する事故
2 機長は、他の航空機について前項第一号の事故が発生したことを知つたときは、無線電信又は無線電話により知つたときを除いて、国土交通省令で定めるところにより国土交通大臣にその旨を報告しなければならない。
3 機長は、飛行中航空保安施設の機能の障害その他の航空機の航行の安全に影響を及ぼすおそれがあると認められる国土交通省令で定める事態が発生したことを知つたときは、他からの通報により知つたときを除いて、国土交通省令で定めるところにより国土交通大臣にその旨を報告しなければならない。出典:e-Govポータル
このように「機長は〜しなければならない」という文章で着目しなければならないのが、機長に新たに付与されている義務になります。この義務も権限と同様に、かなりの深掘りが求められる為、別記事で解説します。
航空法で機長に新たに求められることはたったこれだけです。
罰則規定は別途機長に対して求められる項目は多くありますが、まずこの大枠を基本として押さえていただければと思います。
社内規定
社内規定では、機長を明確に定義している会社もあれば、そうでない会社もあると思います。
運航規定審査要領細則には、「機長の乗務要件」と「機長の資格要件」に関しての記載がある為、皆様の社内規定にもそれに基づき一定の要件などの記載はあるでしょう。
その記載から「機長とはなんですか?」の問いに自分なりの定義を考えてみてください。
理想の機長の定義
上記の決まりを踏まえた上で、自分なりの理想の機長を考えることが昇格に向かう一歩目となります。
もちろん憧れる機長、自身がやりやすい機長、先輩などの仕事ぶりを参考にするのも一つだと思います。
更にそこから一歩進んで、「安全」に対する責任を負うために考えてみるのもいいかもしれません。
AIMJ 902を参照すると、安全対策に関して心がけることが記載されています。
- 過去の事故例や失敗例を知ること
- 不安全要素を早期に取り除くこと
- 運航にあたって充分な余裕を持つこと
過去の失敗例を知ったり、不安全要素を早期に取り除くためのスレッドエラーマネージメントなどに関しては、機長がどのような雰囲気で周りと接するかにも大きく左右されるかもしれません。
一例としてそのような根拠をもとに、安全対策と自身が目指す機長を結びつけてみると、より自身の持つ理想図が具体化するかもしれません。
機長に必要な資格
機長に必要な資格は大きく分けて二つあります。
定期運送用操縦士
航空法 別表
航空機に乗り組んで次に掲げる行為を行うこと。
一 事業用操縦士の資格を有する者が行うことができる行為
二 機長として、航空運送事業の用に供する航空機であつて、構造上、その操縦のために二人を要するものの操縦を行うこと。
三 機長として、航空運送事業の用に供する航空機であつて、特定の方法又は方式により飛行する場合に限りその操縦のために二人を要するもの(当該特定の方法又は方式により飛行する航空機に限る。)の操縦を行うこと。出典:e-Govポータル
エアラインの飛行機は、構造上、その操縦のために二人を要するもののため、機長として飛ぶにあたって定期運送用操縦士が必要になります。
こちらの試験の解説も、詳しく別記事で解説します。
機長認定
こちらは正式には資格ではありません。
必要な知識及び能力を有するという「認定」であり、取得するにあたって行うことも試験ではなく「審査」になります。
法第七十二条
航空運送事業の用に供する国土交通省令で定める航空機には、航空機の機長として必要な国土交通省令で定める知識及び能力を有することについて国土交通大臣の認定を受けた者でなければ、機長として乗り組んではならない。出典:e-Govポータル
この国土交通省令で定める航空機とは、航空法施行規則に定義されています。
(航空運送事業の用に供する航空機に乗り組む機長の要件)
第百六十三条 法第七十二条第一項の国土交通省令で定める航空機は、最大離陸重量が五千七百キログラムを超える飛行機及び最大離陸重量が九千八十キログラムを超える回転翼航空機(次に掲げる航空機を除く。)とする。出典:e-Govポータル
つまり、エアラインの機長を目指す方であれば、航空運送事業の用に供する航空機で最大離陸重量が5700kgを超える飛行機であれば認定が必要になります。
この認定についても別記事で詳しく解説します。
機長の定義とは?まとめ
ここまでICAO annex、航空法の機長の定義の該当する部分を解説しました。
- 機長の定義はICAO annex、航空法で記載は多岐にわたっているが、それぞれをしっかりとおさえる必要がある。
- AIMJの安全対策と合わせて理想の機長を深掘りするとより理解が深まる。
- エアラインの機長に必要な資格は、定期運送用操縦士と機長認定である。
まず第一歩目としては機長の定義と、機長に求められていることをしっかりと概念を抑える必要があります。
その上で、各項目を自らの運航環境に合わせて深掘りしていくと、順序を追った勉強が進めやすいかと思います。